翁長信之(おながのぶゆき)さん

嘉陽の人      PEOPLE OF THE KAYOU

翁長 信之さん
(おなが のぶゆき)

63歳
嘉陽区区長

Q:嘉陽との関わりは?

A:元々嘉陽区が地元なんですが、自衛隊の仕事のため内地の方におりました。嘉陽区に帰って来たのは、平成21年頃です。そして平成25年から区長になりました。嘉陽区の好きな場所…キョウの間から太陽が登るのを見るのが好きですね。

 

Q:嘉陽区区長になった経緯は?

A:区長には、区の皆さんの推薦で勤めることになりました。やりたい事は、村の発展ですね。誰もが住みやすい村作り。村の予算は限られているので、それをいかに出費を減らして有効的に使うか。それに、村でやっている活動を市の方に報告して、いかにして説得するかというのが重要になりますね。

例えば、遊休耕作地を再利用して町興しを考えています。それを元に戻して作物を作るだけではなく、遊びを取り入れて公園を作ることで、区民だけではなく、移住者やこの区に来る外の人にも、両方に対応出来るようにしたいと考えています。しかし、村自体の平均年齢が高いので遊休耕作地を整備するのが難しいので、それを出来る若い人に協力してもらいたいですね。そうすると地主さんも喜ぶと思います。

 

 

Q:区長さんにとって、嘉陽の魅力はなんですか?

A:まずは人柄だね。あとは自然。それと、地域芸能とか伝統行事。伝統行事は沢山ありますが、みんなが一生懸命運用して、継承していってもらう。ほかの村に比べて小さい割にはそれらが盛んだね。人と自然の2つが重なって伝統行事を継承していっている事ですね。

 

Q:今後、嘉陽はどうなっていってほしいですか?

A:まずは、家族の方が住み着いてくれるのが良いですね。若い方々だけでなくおじいちゃんやそのお孫さん達が来てくれると長く続きますよね。そのために、空き家の解消を働きかけています。名護市の方で空き家解消の補助金があるのでそれを活用しているんですが、現状はまだまだ解決していないね。その理由は沖縄独特の風習があって、トートーメー(仏壇)があって年に1、2回帰ってきてそれに挨拶するから簡単に土地を手放してもらえる訳ではないので、上手くいったのは2回ほどしかないですね・・・。

移住者を増やす手段として1番良いのは市営住宅を建てることなのですが、それ建てるにも土地の確保が難しい上に、何十年も放置された家が沢山あるので、行動することができないのが現状です。

 

 

Q:翁長さんが嘉陽から県外に出る前と帰ってきてからの違いはどんなところがありますか?

A:嘉陽を出てから35年間の間で人口は大きく減少し、耕作放棄地の増加、加えて児童生徒が居なくなってしまったので学校に通うためのスクールバスが止まらなくなったのが一番悲しい事でしたね・・・。

 

Q:区長さんは元々自衛隊としてお仕事されていたとのことですが、その経験が現在に役立っていることはありますか?

A:自衛隊では階級が上がっていくと文章を取り扱っていくようになるので、文章の書き方についてやっていたので、今それがすごく役に立っているね。あとは時間厳守だよね。沖縄はよく時間にルーズなところがあるんだけれども、自分が区長になってから役員会議は、遅刻してくる人がいても時間通りに始めるようにしています。時間の概念を少しずつ変えて行こうと取り組んでいます。

自分で自覚はしていないけれども、自衛隊で過ごして来た33年間は身体に染み付いているので、良い面がまだいっぱいあると思います。

 

 

Q:嘉陽の方々はIターン者(移住者)に対してどのように対応をしていくのが良いと思いますか?

A:これからの問題を言うと、全てがうまくいく訳ではないと思います。でも、区にとってIターン(移住者)者は戦力になるので、新しい家族をサポート出来るようにしていきたいですね。