阿野翔大(あのしょうだい)さん

嘉陽の人      PEOPLE OF THE KAYOU

阿野 翔大さん
(あの しょうだい)

28歳
嘉陽区公民館にて書記の仕事を担当

Q:嘉陽に住むようになった経緯は?

A:大学2年生の頃、昔の人の研究や環境問題に興味があり、昔の人の暮らしや環境を知る事が自分の中でもためになると思い、当時の区長さんの時に色んな人を紹介していただいて、嘉陽で聞き書き調査をするようになったのが最初ですね。聞き書き調査の落とし所みたいな、1つの成果物みたいなものが出来たらいいなと思い、春休みを利用して、お家を借りて、2ヶ月弱くらい実際に住んで、調べたものを元に嘉陽マップを作りました。

その間に、田んぼを貸していただいたり、伝統行事に参加させていただいたことで、地域の方とのコミュニケーションができて、ご飯食べに来いとか、野菜あげるとか本当に優しくしてくれて、なんて素晴らしい場所なんだって。その時から、大学卒業したら住みたいなぁって思っていました。小学校まで兵庫県にいたけど、中学生の頃に沖縄にきて、沖縄の人って親戚みたいなつながりが強くて、そういうのは引っ越してきた時にすごく感じて、なんか中学生の自分からしたら羨ましかったりとか、すごくいいなと思いました。でも自分にはこっち(沖縄)には家族しかいないから、そういうのが羨ましいなと思ってたけど、自分にとってはおじぃちゃんおばぁちゃんみたいな関係で付き合っている人たちがいてすごい良い場所だなって。それで移住したいなって。地域の方とのコミュニケーションは、自分にとってカルチャーショックでしたね。

それで今の区長さんになってから、ずっと「住みたいです」って言っていて、大学卒業してから、その年の夏に区長さんが「親戚の家が空いたから良かったら住まないか」って言ってくれて、2016年の夏くらいから嘉陽に住みはじました。

伝統行事に関しても、大学時代に来ていたよりも深く携わることができていて、表面的なところだけではなく、大事な準備まで見ることができて嬉しかったですね。そのおかげで地域の方ともより密接にコミュニケーションを取れるようになりました。住んだことで、外から内に来たことでお客様扱いみたいなのがなくなったかなと思います。それによって近すぎる故に良さだけではなく、悪いところが見えるのは、自分としてはもっと芯の部分に触れる事が出来て良かったなと感じました。

 

 

Q:嘉陽区の書記の仕事。

A:2017年に書記の仕事が空いたということで誘って下さって、当時フリーターだったので仕事を引き受けることにしました。

 

 

Q:仕事のやりがいはありますか?

A:書記という事務仕事をしているけど、その肩書き以上に仕事がありますね。ですけれど、そこに面白さを感じますね。例えば、なんだろうな。公民館からのお知らせの文章を配達している時とか、おじぃおばぁに直接渡して、コミュニケーションを取るように意識していますね。その際に、「電球切れたからちょっと買ってきて」とか「銀行まで」「診療所まで」連れて行ってとか、「車」を出してとか、料理手伝ってとか、おばぁの話し相手になったりだとか、肩書きにはないけど、こういうところも仕事の1つなんだなと感じますね。そういうところがあるから、1人1人のことや自分にできることをやったりだとか。支援って言うと偉そうだけど、いい感じのパシリですね(笑)。でもそういう風にパシってくれるのが楽しいというか、みんなの中に入って関われる事にやりがいを感じるところです。

区の年中行事を通して、区民との関わりっていうのは切っても切り切れない関係で、それを仕事でできるからすごい勉強になりますね。これからも自分はここに住んでいきたいと思っているから、この仕事を通して、色んな人たちの関係性であったりとか、嘉陽についてだったりとかを理解していけるっていうのは良いこと、素晴らしいことだと思います。

 

 

Q:嘉陽の魅力はなんでしょうか?

A:もちろん風景であったり、自然であったりとか、そういうのもすごいあるんですけども、でもやっぱり人ですかね。人間同士の近さ、それは良くも悪くもそこが全部魅力だなと思っています。人の温かさもそうだし、最初にふらっときた大学生を受け入れてくれる懐の深さであったり。だからなんかそういうところも含めて、自分は嘉陽区を好きになりましたね。今までになかった、求めていたものだったから、それが自分の中でヒットした。そこが自分の中で魅力的と感じます。

 

 

Q:これからの嘉陽にどうなってほしいか、良くも悪くも考えていることはありますか。目標だったり、改善点であったり。

A:これからに関していうと、10年後にこのままだとやばいよねという話になって、やっぱりその、今嘉陽区に移住してくる人たちはいるけれど、元々嘉陽区で生まれて嘉陽区で育った人たちが帰って来れていないのが現状で。嘉陽区に移住してくる比較的若い夫婦、20代~40代の世代の人達が少しでも移り住めるような状況を作っていければなと。行事を中心的に支えてきたおばぁたちが高齢化してきてしまって、このままだと後継人がいないため、嘉陽区のアイデンティティである伝統行事がなくなってしまう。そういうことをどうにかできれば・・・。やっぱり受け継ぐところはしっかり受け継いで、残すところはしっかり残して、出来ることをやっていく。映像や記憶、文章で残したりしていく。色んな人達から教えてもらう・・・それが大事な事だと思います。現状、嘉陽区にいる人達だけでは人数が足りないため、外に出ている人たちが帰ってきて成立する状態で・・・。だから現在は先輩たちと協力しながら行事を運用しています。

 

 

Q:阿野さんが移住した時に、嘉陽の方々はどのような反応でしたか?

A:自分は大学生の頃から関わりがあったので、すんなり受け入れてもらうことができました。特に伝統行事に参加することで、普段よりも地域の方々とより深くコミュニケーションをとれて、地域の輪に溶け込めました。

 

 

Q:阿野さんは移住して来た方になりますが、これから来る方々にとっては阿野さんも嘉陽の住人として認識されますよね。その時に阿野さんはどのように接したいと考えていますか?

A:自分は大学生の頃から交流があって、知らない人がいない状態だったので、すんなり受け入れてもらえたんですけど、いきなり嘉陽に移住してくるっていうのはリスクがあるといいます。すぐに溶け込むのは難しいので、お試し移住という形からスタートするのも一案だと思います。自分の中で判断できる段階的なものや時間は必要かなと思っています。そもそもが区の仕事をしてくれることを前提として求めているので、プレッシャーとかがあるとは思うんですけど、そういう方を自分がサポートしたいと考えています。